2019年11月24日日曜日

出光佐三 人を動かす100の言葉

出光佐三
人を動かす100の言葉

著者  長坂嘉昭

新たな知識を求めてこの本と出逢う。

まず最初にこの言葉が入ってきた、「愚痴をやめよ、今から建設にかかれ」。

よくある言葉だけど、説得力がある言葉である、その言葉を発言する人間次第だが。

どんなに良い言葉でも、どんなに良い台詞でも、発言する人になって影響力が変わってくる。

そこをどのように捉えて、どのように受け止めるかが大切である。

さらには過激な言葉であるこの言葉を「出光佐三」は述べた。

「原子爆弾投下は凶暴なる悪魔の大虐殺であり、これを無辜の市民に無警告に用うるにいたっては、人類の仇敵として1日も許すべきではない」。

出光佐三はときには厳しい言葉を語る。

「事業は飛び、借金は残ったが、出光には海外に800名の人材がいる。人間尊重の出光は終戦に慌てて馘首してはならず。

人間を創造して、人は宝だと言う思いを持った出光佐三である。

人さえいればいつでも復活ができる、そんな思いがあったのかもしれない。

だからこそ人財と言う社員を大切にした。

そして尊敬を集めた「出光佐三」、こういう名言もある。

会社がいよいよダメになりや、その時は僕はみんなと一緒に乞食するまでだ。

さらには、事業と言うものは、計画発案したものが責任を持ってやらねば、魂が入らん。

現代のサラリーマンにとって、心に響く言葉かもしれない。

廃油を活用する事は社会的にも必要な事業であり、いかに困難でも誰かがやらねばならぬ。

社会貢献を忘れてないこの言葉である。

さらには家族を大切にした「出光佐三」。

家族主義が本当に人間を育てる道だ、ということを実地に教わった。

さらにはお金の件についても語っている。

お金持ちが何か!金さえあれば金さえ儲ければと言う考えは、奴隷根性にすぎん。

そして成功するにはこういう言葉を残した「出光佐三」。

大事を成し遂げるためには、小さなことから始めなければならない。

小さなことからコツコツと、まさにそういう思いになるし、その考え方が間違ってないと背中を押してくれる言葉である。

新しい店員が入ったときには、自分の子供が生まれ弟ができた心持ちであった。

社員を大切にした出光らしい考え方である。

さらには、精神が肉体を征服する、なんて事は新の名僧智識と言うことで自分のような凡俗の口にすることではない。

謙虚さを忘れてはいけないと言う言葉である。

最後に私の一生は金繰りの一生である。

「出光佐三」と言う素晴らしき経営者がこの世にいた。

あなたにはどんな1行が届き、どんな言葉が残りましたか?



金や物に屈従しない「人間尊重」の生き方を生涯貫いた出光興産の創業者、出光佐三。
「敗戦によって腰抜けにならなかった人」と渡部昇一氏も絶賛する真の日本人の「名語録」。

「愚痴をやめよ。今から建設にかかれ」
「出光商会の主義の第一は人間尊重であり、第二も人、第三も人である」
「このばかが! 国民が災難で苦しんでおる時に金儲けを考えるとはなにごとか」
日本が戦争の痛手から立ち直れないでいた昭和28年、国際石油メジャーと大英帝国を敵に回して、
たった一隻のタンカー「日章丸」で世界を驚かせた男の金言がここに!


【著者紹介】
出光佐三 (いでみつ・さぞう)
明治18(1885)年、福岡県宗像郡赤間村に生まれる。
明治38(1905)年、神戸高等商業学校(現、神戸大学)に入学。
明治42(1909)年、同校卒業、酒井商会に入店。
明治44(1911)年、独立後、門司市に出光商会を創業。
昭和28(1953)年、日章丸二世のイラン回航を決断し、石油を輸入。
アングロ・イラニアン会社が提訴したが出光興産側の勝訴が決定する(日章丸事件)。
昭和47(1972)年、出光興産の会長を退き、店主専任に。
昭和56(1981)年逝去、享年97歳。

【目次より】
◆第1章 気概
◆第2章 人間尊重
◆第3章 反骨精神
◆第4章 志
◆第5章 正義
◆第6章 無我
◆第7章 決断
◆第8章 自由
◆第9章 曙光



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